昼下がり。
「なぁなぁコンラッド?」
麗らかな昼下がり。ぽかぽかと日光がさしてきて気持ちの良い、そんな3時の休憩時間。もちろんギュンターの許可の上での。
紅茶に入れた砂糖をスプーンで混ぜて溶かしながら、おれはコンラッドに聞いてみた。
「なんですか?」
にっこり、コンラッドは僅かに微笑しておれに答えてくれる。……うん、この爽やかな笑顔は兄弟一だと思う、惚気とかそんなんじゃなくて。
「あのさ」
「はい?」
「なんでコンラッドはそんなに愛想がいいんだ?」
気持ち良い直球ストレート。
コンラッドは不意をつかれた様で、きつねにつままれた様な表情だ。
「何時もながら唐突ですね……」
「なんの脈絡もない訳ではないんだぞっ」
「では、今回はどんな脈絡で?」
「気になったから!」
「……陛下……」
「じょーだん、ちょっとグリエちゃんから話を聞いてさ」
「ヨザックが?」
混ぜ終わったミルクティーを一口口に運んだ。ほのかな甘味と紅茶の渋味がが口にひろがる。
うん、美味しい。
「コンラッドは腹黒いから気をつけてねっ!閣下が食べられちゃったら、グリエ泣いちゃうんだからっ!……だって……コンラッド?」
口に手を当てて横を向いてしまったコンラッドに疑問詞を投げると、笑いを堪えながらコンラッドがこちらを向いた。心なしか頬が赤いぞ、コンラッド。なんだよ、小指まで立てた迫真の演技がうけた?
「……ヨザックの真似が上手いんですね?」
「あ、そう?女口調のグリエちゃんバージョンは異様に簡単なんだよなー」
「やってみます?女装。ユーリならきっと可愛いですよ」
「それどういう意味?」
つまりはなんだ。女口調に笑っていたのか?小指ではなくおれの女口調がしっくりきてたって?
何となく不服なおれの心中を察したのか、コンラッドは無理矢理話を元に戻した。こういうときのコンラッドは要領が良い。
「えーっと、俺の愛想の話でしたっけ?」
「あ、うん」
「つまるところ、俺はどう質問に返せば?」
「んーと……じゃあさ、コンラッドって腹黒いの?」
苦笑。
どうやら直球過ぎたらしい。まぁ、俺も今のはちょっととは思ったから、当たり前と言えば当たり前ではある。
「それはまぁ……人それぞれというか、相手の取りようによるというか……」
「まぁ確かにそうかなぁ。おれはそこまでコンラッドが腹黒いとは思わないし」
「ちなみにユーリは、俺の事をどう思っているんですか?」
「へっ?」
これまた唐突な切り返しだ。今日は唐突祭かなにかなのだろうか。
思わず返答に詰まるおれをにこにこ笑顔で見るコンラッド。腹黒くない発言がそんなに嬉しかったのか、目に見えてご機嫌だ。
しかしおれはそうはいかない。切り返しを切り返す巧みな言葉を、この俺の頭から絞り出さなくてはいけないのだから。
「えーと……んー……」
「ん?」
「どっちかと言うとあれだよな!」
「どれ?」
「きちく!」
本日三度目の直球ストレート。
あ、まずかったと思った瞬間、コンラッドはにっこりと微笑んだ。
「そうですか……ユーリは俺をそんな風に……」
「え、あっちが!違うんだってコンラッド!そうじゃなくてっ」
「そうじゃなくて?」
「えー……あー……うぅと……」
……あぁ、さっきまで優しかった笑顔に急に恐怖を抱く様になったぞ。
尻窄まりになってしまうおれの声。それと一緒に自分まで小さくなった気がして、しょんぼりと頭を垂れた。
そうだよ、よく考えなくたって鬼畜だーなんて言われたら誰だって嫌に決まってるじゃないか。コンラッドは今は何故か恐怖を誘う笑顔で笑っているけれど、本当は傷付いているかも知れないんだ。いや、少なからず心に何かを負わせたのは確かだろう。酷い事したんだ、おれ。
「……ごめんな、コンラッド」
「ユーリ?」
「誰だって傷付くよな。ごめん。大丈夫!コンラッドはちゃんと好青年タイプだし、腹黒くたって鬼畜だってちゃんと良い奴だって皆分かってくれるさ!おれが保証する!」
「それ、フォローになってませんよ」
「ぅえっ!?」
やばい、しくじった。
こんな言い方だとなんだか悪役じみているけれど、横文字にしたってアイムミスイット。内容も受け取り方も大して変わらない。おれはどうにかフォローを入れようと努力したけれどなんだか逆効果だったみたいで、コンラッドは苦笑でしか返してくれなかった。
あぁ、どうしてこう言語力とか言い回しとかに乏しいんだろう。野球言語は地球経験ありのコンラッドには通用しないし、しまいには修正まで入れられる始末だ。
おれは遂に自信をなくして、真っ白なテーブルクロスになだれ込む様に伏せた。あぁ、このテーブルクロスみたいに平たく広く生きていけたらどんなに楽だったろう。生憎おれは髪も瞳も、着ている服まで学ラン風という黒づくめ仕様だ。
「……ごめんコンラッド……」
「あぁほらユーリ、そんなに気を落とさないで」
「だってさ〜あ〜っ」
ちょっと涙目になっちゃうレベルのへこみ具合である。
めそめそちびちびとクッキーに手を付け出したおれに、コンラッドは優しく笑いかけてくれた。あ、怖くない。
「ユーリが俺を気遣ってくれる、その気持ちだけで俺は十分ですから」
「……なんでそうカッコイイ台詞が自然に出てくるわけ?」
コンラッドマジックだ。突然ハチクマが飛び出してきたりしたらどうしよう。
「特に意識した事はないんですが」
「無意識に醸し出されるかっこよさ。うわぁ何だよ!どこのキャラだよ!兄貴の大好きなギャルゲーの逆バージョンだよまるでっ!」
なんだかもう色々と自棄だ。
おれは少しだけ冷めたミルクティーを一気に飲み干すと、がばりと立ち上がった。
「あーもういいっ!腹いせにキャッチボールしようぜコンラッド!!」
「別に俺は構いませんが」
「ようっし!じゃあグローブ持って!!ほら急ぐ!!」
「はいはい」
苦笑するコンラッドの背中を押して、俺達は部屋を後にした。
その後ギュンターがギュン汁大放出で休憩時間大超過の俺達を探しにきたのも、ヨザックがコンラッドに何やら小言を賜ったらしいのも、その時の俺にはまだしるよしもなかった話。
明日はどんな話をしよう。
麗らかな昼下がり。
その一時の幸せを、おれはちゃんと知っていたから。
end.
2006.11.9 |