口の中の赤い粒と熱々のシチューの話。











 清清しい朝、新聞の一面をチェックしながらコーヒーを飲む。
 開け放したカーテンから差し込む日の光が心地いい、これがロイの何時もの朝だ。


 しかし、そんな日常を覆したのは愛しい年下の恋人。









「痛い」









「……は?」


 一瞬何を言われているのか分からなかった。

 久々に帰ってきたエドワードを自宅へ連れ込んで愛し合った次の日の朝。リビングの入り口に仁王立ちしてそういったエドワードを見て、ロイはコーヒーカップをソーサーへと戻した。
 新聞から目をはずして見たエドワードは至極不機嫌な様子で、左頬に手を当てながらロイを見ている。ぶかぶかのロイのシャツ一枚の姿でここまで降りてきた彼は何時もならすぐにロイに抱きすくめられてしまうのだが、突然の痛いという言葉のインパクトのお陰でロイはその行動に出ることはなかった。


「突然なんだい?」
「だから痛い」
「……辛いならベッドで寝ていていいぞ?昨日は久々に激しかったからな、私も手加減できなかったし」
「そんなんじゃねーよエロ大佐。確かに腰もすっげぇ痛いからそれは後で復讐するけど、そっちじゃねーの」
「……では、何が?」
「口ん中が痛い」
「くち?」


 こっくりと首を立てにひとつ振るエドワード。
 ロイは新聞を畳んでエドワードの傍へ歩み寄り、口の中を見せてご覧と催促した。大人しく口を開けたエドワードの口内を覗いてみると、左頬の裏に赤い炎症が出来ていて。
 ぷっくりと腫れたそれはロイ自身もたまになるものである。昨日キスをしたときには気が付かなかったのだが、もしかしたら自分がエドワードの口内を傷付けたのかもしれない。

 ……昨日は、口でしてもらってはいないのだが。

 原因を思案しつつ、ロイはエドワードに痛みの答えを告げた。


「あぁ、これは口内炎だな」
「ほふはひへん?」
「もう口を閉じても良いよ、エドワード」


 苦笑しながらエドワードの頬に添えていた手を下ろす。エドワードは再び左頬に手を当てながら、なんとも渋い顔で言った。


「……俺、何か悪いことでもしたかな?」
「は?」


 突然のエドワードの言葉の意味が分からないロイ。


「昔さ、コレができるといつも母さんに言われたんだ。『悪いことをする子には、口の中に痛くて赤いつぶつぶができるんだ。だからそれができたエドワードは何か悪いことをしたんでしょう』って」
「それはそれは」


 話しながらエドワードを食卓へ着かせる。オレンジジュースを注いだコップを前に置いてやったが、しみるのが嫌なのか手をつけようとはしなかった。
 左頬に手を当てながらむすっとした表情で座っているエドワードが何だか可笑しくて、ロイは笑いを堪えながら話の続きを催促する。


「そんな迷信を信じていたのか?」
「信じる訳ねーじゃん。まだ幼かったけど、その時だって錬金術師のはしくれだったんだぜ?」
「なら、どうしてそんな話を?」
「口内炎ができる日は何故か決まって何かやらかした日でさ……それに、俺が口内炎になるとその日の晩飯は決まってシチューだったんだ」


 むすっとしたまま続けるエドワード。
 何かの失態をして夕食がおあずけになったというのなら不機嫌なのも理解できるのだが、彼の大好物であるシチューが夕食に出てくるのであれば、彼にとっては嬉しいことであるはずだ。
 わずかに眉間にしわを寄せてまだ話の内容が理解できていないロイを見て、エドワードは更に話を続けた。


「ほら、口内炎って食べるときに染みるだろ?だから熱いシチューなんて食べた日にはしみてしみて、痛くてたまんねーんだよ。だから母さんはわざわざ俺の大好きなシチューを晩飯にして、俺に食べさせるわけ」
「あぁ、そういうことか」
「それでも意地でシチュー食べてたんだけど……結局痛くてちょっとしか食べれなくてさ。俺が悪いことしたからいけないのか、だからシチューもちょっとしか食べれないのかーって、すっげー悔しい思いしたのを覚えてる」


 口内炎の痛みを堪えながら一生懸命にシチューを頬張るエドワードが鮮明に思い描けてしまって、それを想像するだけで更に笑いがこみ上げてくる。ついに我慢出来なくなったロイは、口に手を当てて笑い出してしまった。


「なっ!わ、笑うんじゃねーよ!マジで辛かったんだからな!?」
「しかし……っ、くくく……」
「っだーもう!話さなきゃ良かった!」


 エドワードは目の前にあったオレンジジュースを手に取り一気に飲み干して……柑橘系のそれが口内炎の腫れにしみたのか、ぎゃっと声をあげて痛がる。それが更に可笑しくて、ロイの笑いはエスカレートする。


「いっつつつ……あぁもう、だから笑うなっつってんだろうが!!」
「すまんすまん……あぁ、そうだ。笑いついでにエドワード?」
「んだよっ」
「確か昨日の夕食がまだ鍋の中に少し残っているのだが……食べるかい?」


 昨日はすぐに自宅にエドワードを連れ込んだので、夕飯のことをすっかり忘れていたのだ。
 せっかくロイの自宅までたどり着いたのに、また外出するのも気が引けたので、エドワードとロイが二人で料理をしたのだが……。


「……昨日って、確か……」


 その日作った料理を思い出して、エドワードの顔が苦虫を噛み潰した様に歪む。一方のロイは、先程の笑いも手伝ってひどく上機嫌でにっこり笑顔のままエドワードに答えをぶつけた。


「そう、君と私で作ったシチューだよ。かなり良い出来だったから、一晩した今日のシチューもきっと美味しいだろうね」
「……嫌味だろそれ。俺が口内炎でしみるのを我慢しながらシチュー食べるのを見たいからそんなこと言ってるんだろうそれ」
「勿論」
「うっわ性格悪!最低!」
「せっかく君が面白いことになっているんだから、少しくらい苛めても罰は当たらないだろう?」
「当たる!絶対あたる確実にあたるむしろ俺が当てる!」
「約半年間ほど連絡のひとつも残さないで、やっと帰ってきたと思えば君が道中でやらかした様々な事件の後処理を丸一日かけてやらされたのはどこの誰だと思っている?」
「…………ロイ・マスタング大佐殿であります」
「よくできました」


 にっこり、ロイが底意地の悪い笑みを向ける。先程の笑いがまだ引かないのかかなり楽しそうだ。


「さあ、シチューを温めてあげようか。確かパンも残っていたから、軽く焼いてあげよう。熱々の方がいいだろう?」
「おにー!あくまー!きちくー!!」
「何だ、いらないのなら私が食べてしまっても構わないのだよ?」
「いるいるいります!痛いけどシチューは食う!!」
「じゃあ君が痛がる姿を肴に、私はコーヒーでも頂こうかな」
「……変態」
「何か言ったかね?」
「ナンデモアリマセーン」










 その日の朝食は、ロイの楽しそうな笑い声が絶えず続いた。

 そしてエドワードはその日一日、口内炎でロイにずっと遊ばれることになる。





 ロイに口内炎が出来た暁にはこの日の恨みを絶対に晴らしてやろうと、エドワードが固く心に誓ったとか誓っていないとか。






えんど。


For Aoi Sikino
Thanks 400 and 200 hit!
2007/4/1 Sakura Uduki






PCサイトのキリ番400、そして携帯サイトのキリ番200を踏んでいただいた織乃菁(しきのあおい)様からのリクエストでした。


リク内容は

「口内炎が出来てる兄さんとそれを苛める大佐」

……でした。

苛め方が足りなかったような気もひしひしとしますが、それはまぁご愛嬌ということで……だめ?(え)
「口内炎ができるのは悪いことをしたからだ」っていうのは、実際に卯月が昔祖母から実際に言われていたエピソードだったりします。口内炎のことを「ねつのはな」と呼んでいたので、度々ねつのはなが……なんて打ち間違えちゃって焦ったことしばしば(笑)
口内炎がしみて痛いのは卯月の場合半分無視してたので(つわもの?)
兄さんがこんなに叫ぶまで痛い口内炎ってどんなんなんでしょうかイマイチ不明(えぇ)
でもすっごい勢いで痛がってる知人がいました。あれはホントに痛そうだった。



とても可愛いお題を頂いたのにこんな風になってしまいました。生かしきれなくてごめんなさい……orz

こんなキリリク文ですが、頂いてくれるとうれしいな。
織乃さまだけお持ち帰り可能となっております。
他の人は見るだけにしてくださいませね?(にこ)




ちなみにこの日の晩御飯は外食でしたが、兄さんはひたすら右頬で食事をなさりました。(少しでもしみないように)
そしてロイさんはそれを見ながらの食事に耐えかねて、翌日はちょっと腹筋が筋肉痛になりました。

そんなくだらない後日談を考えてしまう卯月の脳内をだれかなんとかしてください(え)



2007.4.2